はじめに
本件は、不動産賃貸業を営む会社員(請求人)が不動産貸付の業務用に取得した複数の新築及び中古マンション住戸(本件物件)の購入価額について、土地と建物(建物本体+建物附属設備)の区分、及び、建物本体と建物附属設備の区分が争点となった事例です(非公開裁決 H12.7.3 TAINS:F0-1-011)。
まず、土地と建物(建物本体+建物附属設備)の区分について、審判所は、固定資産税評価額の比率で按分するのが合理的と判断しています。
今回は、建物本体と建物附属設備の区分について以下触れたいと思います。
事例概要
✔本件物件の売買契約書には、土地及び建物並びに建物本体及び建物附属設備のそれぞれの価額は記載されておらず、消費税相当額の記載もない。
✔本件物件には、いずれも建物附属設備として電気設備、給排水設備、衛生設備、空調設備及び昇降機設備(エレベーター)が備わっている。
✔原処分庁の主張抜粋(建物本体と建物附属設備の取得価額の区分)(下線は筆者)
売買契約書等で建物本体と建物附属設備の区分が明確にできない場合において、これをことさら区分して減価償却費を計算するためには、建物の価額を専有部分と共用部分に分離し、それぞれの部分のうち、建物附属設備に該当する部分を抽出する必要があり、また、共用部分については、玄関部分、エレベーター、給排水設備等の資産の種類ごとに取得価額を算定する必要があるが、これは技術的に非常に困難である。
本件においては、請求人から建物本体と建物附属設備を明確に区分できる資料の提示がなかったため、やむを得ず、建物附属設備を建物本体に含めたところで減価償却費の計算を行ったものである。
(中略)
減価償却の基礎となる取得価額の算定において、本件のように建物本体と建物附属設備の区分が明確にできない場合に、便宜上一定の割合を用いる方法により区分してよいという法令の規定はない。
✔請求人の主張抜粋(建物本体と建物附属設備の取得価額の区分)(下線は筆者)
減価償却費の耐用年数等に関する省令(平成10年大蔵省令第50号による改正前のもの。以下同じ。また、当該省令を以下「耐用年数省令」という。)には、建物附属設備の耐用年数が明記されており、所得税法施行規則第32条(種類等を同じくする減価償却資産の償却費)では、償却費の額は、減価償却資産の種類の区分ごとに計算した金額とする旨規定されている。
また、本件物件には、建物附属設備として電気設備、給排水設備、衛生設備、空調設備及び昇降機設備(エレベーター)が備わっているが、原処分庁は、結果として建物附属設備の取得価額をゼロと認定しており、これは明らかに事実に反する。
このことから、建物本体と建物附属設備とは区分して減価償却費の計算をする必要があるので、同業他社の資料を基に建物附属設備部分を30%として計算した。
原処分庁の「区分が明確にできないからやむを得ず」という理由で、建物本体と建物附属設備とを区分せずに一体として償却したことは、前記Aの法令に違反しており、区分が困難であることを理由に、法令に違反する所得計算を行うことは許されない。
審判所の判断
審判所は、建物本体と建物附属設備の取得価額の区分の必要性について、以下の通り、区分する必要性がある旨述べています。
所得税法施行規則第32条(種類等を同じくする減価償却資産の償却費)において、減価償却資産で耐用年数省令に規定する耐用年数を適用するものについての不動産所得の金額の計算上必要経費に算入される償却費の額は、当該耐用年数に応じ、耐用年数省令に規定する減価償却資産の種類の区分ごとに、かつ、当該耐用年数及び居住者が採用している償却の方法により計算した金額とする旨規定している。また、耐用年数省令の別表第1(機械及び装置以外の有形減価償却資産の耐用年数表)の減価償却資産の種類は、建物と建物附属設備を区分して掲げている。
(中略)
したがって、鉄筋鉄骨造りのマンションの場合には、建物本体と建物附属設備の減価償却費の計算は、それぞれ別個の耐用年数により計算する必要がある。
次に、肝心の区分方法については、請求人が主張する同業他社の物件から見積もった建物本体と建物附属設備の価額の割合による方法の合理性も認めつつも、以下の通り、本件物件の建築主が保存する工事請負契約書の工事費の割合をベースに購入時点までの経年減価を考慮する方法が妥当であると判断しています(下線は筆者)。
本件については、前記イの(ト)のとおり、本件物件の建築主が保存する工事請負契約書から建物本体及び建物附属設備それぞれの工事費の割合が算出でき、これを不相当とする理由は認められず、請求人が主張する他の物件等の資料に基づき計算する方法より、本件物件の建築工事に係る資料に基づき計算される工事費の割合による方法がより合理的と認められる。
なお、この工事費の割合は、新築時におけるものであるから、中古マンションであるAマンション406号室及びBマンション207号室については、新築時の昭和62年から請求人が取得した平成6年までの損耗等を見込んでその割合を補正し、合理性を確保する必要がある。
本件物件について審判所が算出した建物本体と建物附属設備の比率は以下の通りです。
Aマンション406号室 建物本体:建物附属設備=80.15%:19.85%
Bマンション207号室 建物本体:建物附属設備=79.28%:20.72%
Cマンション701号室・706号室 建物本体:建物附属設備=71.52%:28.48%
請求人の主張の建物附属設備割合30%よりは小さな比率となりましたが、建物附属設備を建物本体と区分する点は請求人の主張が認められた結果となりました。
私見とコメント
不動産鑑定評価の原価法で建物の評価を行う際には、建物の再調達原価を査定し、躯体・仕上げ・設備の構成部位ごとに再調達原価を区分してそれぞれ異なる耐用年数(経過年数+経済的残存耐用年数)で減価修正を行いますが、建物再調達原価の査定方法には、直接法と間接法の2つの方法があります。
本件請求人の主張の方法(同業他社の物件から見積る方法)は、鑑定評価の間接法の考え方と整合する方法です。一方、審判所の方法(実際の工場請負契約書の工事費の区分による方法)は、鑑定評価の直接法の考え方と整合する方法です。
直接法と間接法はそれぞれ一長一短あり、どちらの方法が優れているとは言えないものの、実際の工事請負契約書が入手でき、かつ、新築時から購入時までの期間が比較的短い場合には、直接法の精度は高いといえでしょう。ちなみに、本件は、Aマンション・Bマンションは新築時から購入時まで約7年経過している中古マンション住戸であり、Cマンションは新築マンション住戸と比較的短期間でした。
正直、原処分庁も審判所が入手している実際の工場請負契約書を入手しようと思えばできたはずであり、また、そこまでしないにしても請求人よりも豊富に類似マンションの建築工事費データは入手できたと思われます。その点からして本件原処分庁の調査は資料収集不足と言わざるを得ないと思います。
なお、請求人としては、不動産鑑定評価をとる方法もあったと思われます。本件では仮に不動産鑑定鑑定士でも審判所が入手した実際の工場請負契約書を建築主から入手することはほぼ不可能ですが、類似マンションの建築工事データなら請求人よりも豊富に入手できる余地はあり、躯体・仕上げ・設備ごとに購入時点までの経年減価を考慮した評価額を求めることが可能です(当然、鑑定費用がかかりますので費用対効果は検討する必要があるかと思いますが)。
土地と建物の区分についても、本件では固定資産税評価額の比率が合理的と判断されていますが、直近の東京地判 R2.9.1では、『個別事情を考慮した適正な鑑定』が行われた場合には、もはや固定資産税評価額の比率ではなく、鑑定評価の比率によるのが合理的という判断も示されています。不動産鑑定評価によれば、土地と建物の比率だけでなく、建物と建物附属設備の比率も求められます。