はじめに
本件は、請求人(相続人)が、死亡した母親の相続に係る相続税の申告において、母親の有していた同族会社に対する貸付金を計上しなかったところ、原処分庁が、当該貸付金について、その回収が不可能又は著しく困難であるとは見込まれず、元本の価額で評価すべきであるなどとして、相続税の更正処分等を行ったのに対し、請求人が、当該貸付金について、その一部の回収が不可能であることは明らかであり、その回収不能額を減額して評価すべきであるとして、原処分の全部の取消しを求めた事例です(非公開裁決 H31.1.11 TAINS:F0-3-671)。
争点としては、本件貸付金が、本件相続開始日において、評価通達205の定める『その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき』に該当するかですが、以下事例概要と審判所の判断を抜粋してご紹介します。
事例概要
✔本件同族会社の概要
被相続人が設立した、船舶による瀬渡し業務や旅館の経営等を目的とする有限会社である。本件会社の代表取締役は、本件会社の設立当初から本件相続開始日まで本件被相続人であった。請求人は、平成15年9月3日に本件会社の取締役に就任し、本件被相続人の死亡により、本件会社の唯一の取締役となった。
✔本件被相続人から本件会社への貸付けの状況
本件被相続人は、本件相続開始日において本件会社に対する貸付金として■■■■■■を有していた。本件会社は、平成25年3月期ないし平成27年3月期において、本件被相続人に対し、本件貸付金債務につき合計3,300,000円を返済したが、他方、本件被相続人から合計7,280,000円を借り入れた。なお、本件貸付金債権に利息の定めはない。
また、本件同族会社の借入金は、被相続人からの借入金のみで、金融機関等の借入金はなかったとされています。さらに、原処分庁の主張より、被相続人からの借入金には、返済期限の定めもないとされています。
なお、被相続人の相続開始日は本文でマスキングされており不明ですが、審判所の判断部分で「本件相続開始日より前に始まった平成27年3月期以前の事業年度」との記載がありますので、平成27年3月期中に相続開始があったものと推察されます。
✔本件同族会社の事業の継続状況
本件会社は、過去に休業したことはなく、また、本件相続開始日において、再生手続開始の決定や特別清算の開始命令等、評価通達205の(1)ないし(3)に定める事由が生じていた事実はなく、現在に至るまで事業を継続している。
審判所の判断
まず、評価通達205の定める『その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき』の解釈として、審判所は以下の通り述べています(下線は筆者)。
評価通達205の(1)ないし(3)が、例外的に債権金額の全部又は一部が元本の価額に算入されない「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」として、再生手続開始の決定や特別清算の開始命令など債務者の経済状態等が破綻していることが客観的に明白である事由を掲げていることに鑑みれば、これと並列的に定められている「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、当該事由と同視できる程度に債務者の経済状態等の悪化が著しく、その貸付金債権等の回収の見込みがないことが客観的に明白であることをいうものと解するのが相当である。
次に、評価通達205の定める『その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき』の要件を満たすかどうかを(イ)本件会社の経営状況、及び(ロ)本件会社の資産状況の観点から検討し、結果的には要件を満たさないと判断しています。以下、少々長いですが、審判所の判断部分を抜粋します(下線は筆者)。
(イ)本件会社の経営状況
本件会社は、本件相続開始日より前に始まった平成27年3月期以前の事業年度において、いずれも営業損失を計上し、営業外収益により経常利益を計上した平成27年3月期を除き、いずれも経常損失を計上している。
しかしながら、本件会社は、本件相続開始日前において、船舶による瀬渡し業務や旅館の経営を中心に行っていたが、本件相続開始日後には、旅館の経営については縮小し、瀬渡し業務については継続しているところ、本件会社の経費(売上原価並びに販売費及び一般管理費)は、平成27年3月期以前の事業年度には約1,000万円ないし1,300万円であったが、平成28年3月期には約630万円、平成29年3月期には約430万円と減少し、また、本件会社の営業損益は、平成28年3月期にはそれ以前に比べて営業損失が減少し、平成29年3月期には営業利益を計上している。これらのことからすると、本件会社は、本件相続開始日においても、旅館の経営の整理・縮小等により、経費を見直すことで、事業活動を継続していくことが可能であったと考えられるから、本件相続開始日において、その経営状況が破綻していたとは容易には認められない。
(ロ)本件会社の資産状況
本件会社は、本件相続開始日を含む平成25年3月期ないし平成29年3月期のいずれの事業年度においても、債務超過であった。
しかしながら、上記期間における本件会社の借入金は、本件相続開始日前については本件被相続人からの本件貸付金債務のみであり、その後については請求人の相続した本件貸付金債務及び請求人からの借入金であり、いずれにおいても金融機関等からの借入金はなかったことが認められる。そして、本件被相続人と本件会社の関係は、もともと本件被相続人が本件会社を設立して本件相続開始日までその代表取締役を務め、その後、本件被相続人の長男である請求人が本件会社の唯一の取締役となったというものである。すなわち、上記期間における本件会社の借入金は、当時の代表者からのもののみであった。
このような事情からすると、本件会社は、本件相続開始日において、本件貸付金債務についてその債権者から強制執行などの回収手段を講じられることによって強制的に重要な会社財産を失う可能性は低かったといえるため、債務超過であったものの、その資産状況が破綻していたとは容易には認められない。
私見とコメント
残念ながら請求人の主張は認められなかったわけですが、本件を通じて同族会社に対する貸付債権について評価通達205の定める『その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき』の要件判断を行う際の留意事項が読み取れます。
同族会社が相続開始前後を通じて継続して債務超過、かつ営業損失(経常損失)であっても直ちに、評価通達205の定める『その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき』の要件を満たすとは限らないので注意が必要です。
審判所の判断にもあるように、相続開始時点において、債務者である同族会社が、評価通達205の(1)ないし(3)の事由と同視できる状況か否かを判断する必要があり、例えば評価通達205(1)ヘでは『業況不振のため又はその営む事業について重大な損失を受けたため、その事業を廃止し又は6か月以上休業しているとき』と定められています。すなわち、相続開始時点において、事業継続の見込みが立たない状況と客観的に明白に認められるか否かが判断において重要なポイントになると考えています(私見)。
債務超過、かつ営業損失(経常損失)が継続していても、事業を継続している(できている)会社は世の中にたくさんあります。そんな状況でも事業を継続できるのには何らかの理由があるわけですが、本件同族会社では、被相続人からの借入金のみで直ちに返済する必要もなく、事業内容の整理・縮小や経費の見直し等により相続開始後も事業が継続しているわけです。
相続開始時点における貸付債権の評価に当たり、相続開始後に事業が継続している点を考慮することを疑問に感じる方もいらっしゃるかと思いますが、そもそも事業というのはある程度の期間をもって行われる経済活動ですので、相続開始時点における事業の継続見込みの判断するには、相続開始時点を含む前後の期間における事業の継続状況を見る必要があると思われます(私見)。実際本件と同様に貸付債権の評価を争う事例で、相続開始時点の前後の事業の継続状況が考慮されている裁決例・裁決例は多くあります。