はじめに
本件は、請求人(納税者)が、相続により取得した宅地(被相続人が昭和46年2月15日に売買により取得)の譲渡による譲渡所得の計算において、市街地価格指数による推計取得費に基づき算定した金額で更正の請求を行い、その是非が争われた事例です(非公開裁決 H30.7.31 TAINS:F0-1-972)。
事例概要
当初申告と更正の請求の概要は以下の通りです。
当初申告の概要
取得費=概算取得費(収入金額の5%)+相続税の取得費加算
譲渡費用=土地改良費(請求人が支払った造成工事費と給水管引込工事費)
更正の請求の概要
取得費=市街地価格指数((財)日本不動産研究所公表)による推計取得費+土地改良費+相続税の取得費加算
推計取得費の内容は、請求人の主張で以下の通り述べられています。マスキングされている部分は、(財)日本不動産研究所になります。
推計の方法としては、平成12年11月16日付国税不服審判所裁決(以下「平成12年裁決」という。)を参考にすると、■■■■■■■■が公表している市街地価格指数を基に算出する方法があり、この方法によれば、算出の基となる指数が統計的な数値であることから、本件被相続人が本件各土地を取得した当時の本件各土地の市場価格を反映した、より近似値の取得に要した金額が算出できることになり、合理的である。
請求人主張額は、本件各土地の売買価額から本件改良費の額を控除した後の金額に、■■■■■■■■が公表している六大都市を除く市街地価格指数の譲渡時に対する取得時の割合を乗じて算出した額であり、本件被相続人が本件各土地を取得した当時の本件各土地の市場価格を反映した合理的な額というべきである。
原処分庁(税務署)の主張
原処分庁の主張のする取得費は以下の通りです。
取得費=土地改良費+相続税の取得費加算
なお、原処分庁の主張は以下の通りです。所得税法38条1項から実際に取得に要した金額が原則であり、請求人の市街地価格指数による推計にも問題がある点が述べられています。
所得税法第38条第1項は、資産の取得費は、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とする旨規定し、その資産の取得に要した金額とは、実際の取得に要した金額であると解されるから、当該金額を推計する方法により算出できると解することはできず、他の法令等においても納税者が資産の取得に要した金額を推計する方法により算出し、申告できる旨の規定は存在しない。
請求人が用いた六大都市を除く市街地価格指数について、本件各土地の所在する■■■が調査対象都市として選定されているかどうか確認できず、仮に■■■が選定されていたとしても調査地点がどこか不明である。さらに、市街地価格指数は、市街地の宅地価格の推移を示す指数であったとしても、実際に取引された金額ではなく評価価格の指数であることから、マクロ的な地価動向の傾向分析には適しているものの、ミクロ的な個別の取引金額を推計することに適しているとは認められない。
審判所の判断
審判所は、本件土地の取得費は上記原処分庁の主張する金額と同じと判断しています。審判所は、以下の通り、概算取得費(収入金額の5%)と土地改良費を比較して土地改良費のほうが大きいので土地改良費を取得費として採用しています。
請求人は、昭和46年2月15日から引き続き本件各土地を所有していたものとみなされるところ、措置法通達31の4-1の適用も可能であるが、本件概算取得費相当額は■■■■■であり、本件改良費の額が本件概算取得費相当額を上回るから、本件改良費の額を本件各土地の取得費とするのが相当である。
請求人の当初申告のように概算取得費を使う場合はあわせて土地改良費を計上できないので、ここは市街地価格指数以前の問題として当初申告が間違っていたことになります。
なお、請求人主張の市街地価格指数をによる推計に関しては以下の通り退けられています(下線は筆者)。ほぼ原処分庁の主張と同趣旨です。
しかしながら、市街地価格指数は、■■■■■■■■が全国主要都市内で選定した標準的な宅地について、不動産鑑定評価の手法に基づき更地としての評価を行って指数化したものであることからすると、市街地の宅地価格の推移を現す指標としての性格を有するものの、そもそも個別の宅地価格の変動状況を直接的に示すものということはできない。
また、六大都市を除く市街地価格指数については、県庁所在都市等以外の調査対象都市は公表されていないところ、本件各土地は県庁所在都市等に該当しない■■■に所在しており、さらに、■■■が調査対象都市かどうかを確認し得ないことからすれば、請求人が請求人主張額の算出に用いた六大都市を除く市街地価格指数が、本件各土地の市場価格の推移を反映したものであるということはできない。
私見とコメント
市街地価格指数による推計取得費については請求人主張にある平成12年裁決が有名ですが、いかなる場合でもこの推計方法が使えるというわけではないので注意が必要です。
本件では、市街地価格指数の調査対象都市に本件土地の所在地が該当しない点が1つ問題点として指摘されていますのでこの点は実務上も十分注意する必要があるでしょう。
また本件では原処分庁の主張及び審判所の判断で所得税法38条1項の原則的な取り扱いが強調されていること、さらには、市街地価格指数自体の特性として個別の宅地価格の変動状況を直接的に示すものではないと強調されていることから、平成12年裁決にならい市街地価格指数による推計を行うにはこの辺りを十分に納税者に説明したうえで個々の事案ごとに判断する必要があると思われます。