相続税 贈与税

妻のへそくりが名義預金として亡き夫の相続財産に(H19.4.11非公開裁決)

はじめに

相続税の税務調査でよく問題になるのが名義預金です。

名義預金とは、簡単に言えばその名義は亡き被相続人以外であるが、実質的には被相続人に帰属する財産として認められ、相続税の課税対象となるものをいいます。

今回は、亡き夫が生前に妻に渡していた生活費の一部を妻が貯めていた預貯金等(へそくり)が名義預金にあたるがが争われた裁決(平成19年4月11日非公開裁決 TAINS:F0-3-312)を簡単にご紹介します。

事例概要

以下裁決本文より事例概要として重要そうな部分をピックアップしました。赤字部分は名義預金の判断で重要となる事実部分です。

・被相続人の相続人は、妻、長男、長女、次男、次女及び養子の6名である。

・相続開始日における妻名義の預貯金等の評価額の合計額は、63,932,612円である。

本件預貯金等の原資は、被相続人が拠出したものである。

・被相続人からは、生活費又は小遣いとして、毎月8日の2、3日後に、封筒に入った現金を渡されていた。

・いつごろ、いくらもらっていたかは覚えていないが、少しずつ増えていって、本件被相続人死亡時には月540,000円、盆、暮れには、500,000円から1,000,000円の間の金額だった。

いつかは忘れたが、結婚してすぐのころ、本件被相続人から「渡したお金の残りは、私にやる、好きにしてよい」と言われていた。(これはいわゆるへそくりに該当することがうかがえる部分)

被相続人と妻との間で、生活費の余剰金を贈与する旨の書面による贈与契約はない。

・被相続人から受領した現金については、いつもは通帳及び印鑑と一緒に寝室の衣装だんすの中に保管しており、また、すぐに使う予定があるときは、居間の茶だんすに入れておくこともあった。

・保管していた現金が200,000円から300,000円程度になったときに銀行の普通預金か郵便貯金に預け入れ、それがある程度の金額(1,000,000円くらい)になると定期預金や定額貯金に移し、さらにその1,000,000円くらいが何本かになると、それを一本にまとめ大きな金額にするという方法で、貯めていった。

・金融機関への預入れ等の手続には、昭和56年までは妻が行っていた。それ以降は主に被相続人や子供に頼むようになったが、妻が手続することもあった。

請求人(納税者)の主張

納税者は、あくまでも生前に口頭の贈与契約が成立し、妻名義の預貯金等は妻に帰属する旨を主張しています。

本件預貯金等は、本件被相続人から妻へ生活費等として生前贈与されたものを数十年間にわたり貯蓄してきたものであるから、妻に帰属する。したがって、請求人が本件相続により取得した財産には含まれない。

本件預貯金等が妻に帰属することについては、次のことからも明らかである。

生活費の余剰金については、本件被相続人から妻に贈与する旨の口頭契約があった。
なお、夫婦関係は特殊社会生活関係であり、その間に何らかの約束があったとしても、その証明のために契約書など書面を作成する社会慣行は我が国に存在しないことから、書面を作成していないのは当然である。

原処分庁(税務署)の主張

これに対して、税務署は、贈与契約が成立していたとは認められず、妻名義の預貯金等は被相続人(夫)の財産に帰属すると主張しています。

書面によらない贈与については、当事者における贈与の意思の有無を贈与財産の実質的な支配状況など具体的な事実に基づき判断する必要がある。しかしながら、一つの協力体である夫婦間の生活費については、その資金の管理運用状況をもって、財産権の移転を意図した贈与契約があったものとか、当該契約の履行があったものとは解することができない。

また、実際にも、本件においては、本件被相続人が妻に対して本件預貯金等を贈与する旨の口頭契約があったものと認定し得る事実は一切存在しない。

したがって、本件預貯金等については、本件被相続人が妻へ贈与したものとも、また、生活費の余剰金により取得されたものとも認定できない。

本件預貯金等については、①本件相続開始日に存在していること及び②その原資は本件被相続人が拠出したものであることから、本件被相続人に帰属する財産と認定するのが相当であり、したがって、本件預貯金等は、本件相続に係る相続財産に含まれる。

審判所の判断

審判所の判断部分より以下重要な部分をピックアップしました。結果は納税者の負けですが、赤字部分は個人的に名義預金の判断上重要性が高いと思った部分です。

被相続人以外の者の名義の財産の帰属の判断に当たっては、単に名義人が誰であるかという形式のみにより判断するのではなく、その財産の取得原資、管理及び運用の状況並びに帰属の変動の原因となる事実の有無等の客観的事実を総合的に勘案して判断すべきものである。

仮に本件被相続人が妻に生活費として処分を任せて渡していた金員があり、生活費の余剰分は自由に使ってよい旨言われていたとしても、渡された生活費の法的性質は夫婦共同生活の基金であって、余剰を妻名義の預金等としたとしてもその法的性質は失われないと考えられるのであり(参考、東京地裁昭和59年7月12日・判例タイムズ542号243頁)、このような言辞が直ちに贈与契約を意味してその預金等の全額が妻の特有財産となるものとはいえない。

本件預貯金等については妻の名義になっているものの、その原資は本件被相続人が拠出したものであって、本件預貯金等は本件被相続人に帰属すると認めるのが相当である。

名義預金の判断は、①その財産の資金源は誰か、②管理・運用していたのは誰か、③生前に贈与の事実はあるか等を総合勘案することとされています。

本件の妻のへそくりについては、上記赤字部分を根拠に③生前の贈与の事実が認められず、例え妻名義の預金でも亡き夫の財産として相続税の課税対象とされてしまいました。

私見とコメント

一般的な世間の認識では、いわゆる妻のへそくりは妻の財産という認識でしょうが、相続税の世界では、明確な贈与の事実が認められない限り妻の財産とはなりません。相続税の知識がない納税者側からすれば納得しがたい部分でしょう。

本件でも例えば、書面での贈与契約が夫婦間で結ばれていて、かつ、贈与税の申告納税も行われていたら結果は変わったのかもしれません。

なお、最後に付け加えると、管理していたのは妻である点を強調して主張しても、夫婦の場合、妻が夫の財産を管理することはよくあるケースなので、残念ながら管理者が妻でもすぐに妻の財産とはなりません。

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