不動産 相続税

市街地山林につき、通達評価額によらず実際の売却価額での相続税の更正の請求の是非が争われた事例(非公開裁決 R2.6.9 TAINS:F0-3-738)

はじめに

本件は、請求人(相続人)が、被相続人から相続した土地(市街地山林)について、相続開始後約3年10か月後の売却価額で相続税の更正の請求を行い、その是非が争われた裁決例です(非公開裁決 R2.6.9 TAINS:F0-3-738)。評価額が争われている土地は他にもありますが、ここでは、市街地山林についてのみ取り上げます。

相続開始日はマスキングされており不明ですが、本文より売買契約がH28.9月頃と推察され、それが相続開始後約3年10カ月ですので、相続開始はH24.12頃かと思われます。

事例概要

評価額が争われている市街地山林の概要は以下の通りです。

✔地積2,096.93㎡

✔市街化区域(第一種低層住居専用地域、建蔽60%/容積150%)

相続開始後から売却に至るまでの経緯は以下の通りです。

(A)■■■■■及び■■■■■は、平成28年5月28日、■■■■■の売却について、■■■■■■■■■■■との間で専属専任媒介契約を締結し、同社は■■■■■を媒介価額63,400,000円で売り出した。

(B)■■■■■及び■■■■■は、平成28年8月6日付で、買い手が現れなかったことから媒介価額を39,800,000円に変更したところ、同年9月頃、■■■■■■から■■■■■■を希望価格とする買い申込みを受けた。

(C)■■■■■■は、■■■■■の宅地開発に要する造成費を1,000万円程度と見積って上記(B)の買い申込みを行い、簡易的な地盤調査等を行って当該金額の妥当性を確認した。その後、■■■■■■は、地盤調査等に係る費用相当額200万円について、■■■■■■■■■■■を通じて媒介価額を値下げするよう求めたところ、■■■■■及び■■■■■はこれに応じ、売買代金■■■■■■で本件売買契約をした。

原処分庁と請求人が主張する本件不動産の評価額は以下の通りです(本文を基に筆者が作成)。

審判所の判断

本件のように、通達評価額より低い売却価額による相続税申告が税務署に是認されるための要件について明文規定等はありませんが、山田重將先生の税大論叢の論文や過去の裁決例等を参考に筆者が考える要件を示せば以下の通りです。

①遡及的な時点修正の可能性要件

 相続開始日と相続開始後の売却日の間隔が短く遡及的時点修正が可能と認められること(間隔が長くなればなるほどその間の価格形成要因の変化も加味して補正する必要が出てきてしまうため)

②売却価額の金額要件

 必要に応じて時点修正した売却価額が通達評価額を下回ること

③鑑定評価の正常価格要件

 売却価額が不動産鑑定評価基準の正常価格の要件(注)を満たすこと

(注)市場参加者の合理性、取引形態の合理性、相当の市場公開期間の3要件

④評価通達の合理性欠如要件

 相続税路線価について評定誤りがあること、または、財産評価基本通達における各種評価減の取扱いでは補足しきれていない対象不動産の個別的な減価要因があること

本件の審判所は、本件市街地山林の売却価額について主に要件①及び要件③を満たさない点を以下の通り指摘し、売却価額は時価とは認められませんでした。

■■■■■■の時価としての合理性
(A)本件売買契約の日は、上記1の(3)のトのとおり■■■■■■■■であり、本件相続開始日である■■■■■■■■の約3年10か月後であるところ、上記Aの(D)のとおり、この間に同一地域内の地価公示地の公示価格が変動している。したがって、■■■■■■は、時点に関する補正(時点修正)を検討しなければ、本件相続開始日における■■■■■の客観的な交換価値を示すものとはいえない。

(B)■■■■■■は、①上記4の「■■■■■■」欄の(2)のロで■■■■■■が主張するとおり、■■■■■を所有していると各種費用負担が生じることや、②上記Aの(B)及び(C)のとおり、■■■■■■の申出のままに、その値下げに応じて決定された経緯があり、取引における当事者の事情が強く反映されたことがうかがわれる。したがって、■■■■■■は、当該事情の補正(事情補正)を検討しなければ、本件相続開始日における■■■■■の客観的な交換価値を示すものとはいえない。

(C)以上のとおり、■■■■■■は、時点修正や事情補正を要することが認められるため、そのままの金額が■■■■■の本件相続開始日の時価として合理性を有するものであるとはいえない。

私見とコメント

遡及的な時点修正の可能性要件(要件①)に関して、本件では相続開始後約3年10カ月後の売却ですので、期間的に空きすぎてしまっています。さすがにこれだけ空いてしまうと、単にこの期間の時点修正率を近隣地価公示等の変動率から査定して時点修正すればよいという話ではなく、この間の価格形成要因の変化およびそれが対象不動産の価格へ与える影響も検討する必要が出てきてしまいます。

鑑定評価の正常価格要件(要件③)に関して、本件では、取引当事者間の事情が介在しており、それが売却価額に影響している点が税務署および審判所から指摘されています。鑑定評価の正常価格の要件に関しては、不動産鑑定評価基準に規定されているのですが、その中の市場参加者の要件の1つに「売り急ぎ、買い進み等をもたらす特別の動機がないこと」が挙げられており、本件はこれを満たさないということになります。

同族関係者以外の純然たる第三者間での売買価額=時価(相続税法22条の時価および鑑定評価の正常価格の概念)という等式は常に成立しないので注意が必要です。本件でも指摘されているように、現実の不動産売買では取引当事者の事情が介在し、売買価額は取引当事者がその事情等に応じて個別的に決定するものですので、必ずしも時価を示しているとは限りません。

なお、鑑定評価の正常価格要件(要件③)の判断は税理士には困難ですので、売却価額がこの要件を満たすかどうかの確認のために鑑定評価額(正常価格)をとるのも一法であると思われます(本件では鑑定評価をとっていません)。

最後に、通達評価額より低い実際の売却価額が時価として認められた事例など、筆者の著書で取り上げていますので興味のある方は以下著書もご確認ください。