不動産 相続税

相続税申告で納税者が用いた鑑定評価書において、マンション一棟の積算価格の算定上市場性減価を行うことの是非が争われた事例(H28.7.15非公開裁決)

はじめに

本件は、請求人(相続人)が、相続したマンション一棟(一部自用の貸家)について、通達評価額によらず、鑑定評価で相続税の当初申告を行い、その是非が争われた事例です(H28.7.15非公開裁決TAINS:F0-3-494)。

争いのある鑑定評価書の複数の問題点について全て触れるとかなりの分量になってしまいますので、ここではそのうちの1つとして、原価法による積算価格の算定上、市場性減価を行うことの是非について争っている部分を取り上げようと思います。

事例概要

✔請求人は、被相続人(平成23年相続開始)により本件マンション一棟(一部自用の貸家)を含む不動産を相続により取得した。

✔請求人は、本件マンション一棟について、不動産鑑定士の鑑定評価額で相続税申告した(他の土地も同様に鑑定評価額で申告している)。

原価法による積算価格:360,555,699円=515,079,570円(市場性減価前の積算価格)×0.7(市場性減価▲30%)

収益還元法による収益価格:356,263,221円

鑑定評価額:358,409,460円(積算価格と収益価格の平均値)

✔原処分庁は、評価通達に基づき評価したうえで更正処分した。

392,344,883円(土地)+79,867,600円(建物)=472,212,483円(通達評価額)

請求人の主張

原価法による積算価格の算定上、市場性減価▲30%を考慮した点について、請求人は以下の通り主張しています。

市場性の修正について複合不動産の場合、土地価格及び建物価格を単純に加算した価格が市場性を持つ価格になるわけではなく、収益性の裏付けのない価格で売ろうとしても売れない。土地価格及び建物価格を単純に加算して求められた積算価格は、収益価格と甚だしく開差が生じている。

当該積算価格で売り出した場合は成約まで1年半を要するが、■■■の中古マンションについて、売出し後12か月で成約できた案件の場合、当初売出価格から約20%の価格安で成約しているという調査結果があることから、市場性を無視した積算価格を購入者が現れる市場性ある価格にするためには、0.7(△20%+△20%×1/2=△30%)の修正が必要である。

出典:H28.7.15非公開裁決TAINS:F0-3-494 請求人の主張より抜粋

私見とコメント

請求人が市場性減価の根拠資料とした資料がマスキングされていますが、おそらく(株)東京カンテイさんの市況レポート(https://www.kantei.ne.jp/report/kantei_eye/305)だと思われます。この資料によれば、相続開始時を含む期間の首都圏の中古マンションの売出事例と取引事例の価格乖離率は売出から販売までの期間12カ月で▲19.52%で約▲20%なので請求人の主張と一致します。

原処分庁の主張

原処分庁は以下の通り主張し、請求人の鑑定評価で積算価格に対する市場性減価を行う合理性はないと述べています。

①原価法が対象不動産の再調達に要する原価に着目する手法であることから、積算価格の算出においては、売却に伴う市場性を考慮した補正を行う必要性は認められないこと、②本件■■■土地の再調達原価を求めるに当たり、取引事例比較法を準用して、実際の取引事例に各種補正を行っていることからすれば、このように算定された価格が時価とかけ離れたものであるとは直ちに認められないこと等から、市場性に基づく補正を行うことに合理性は認められない。これらの点をおくとしても、当該補正が時価と売出価格の乖離を補正するものであるとすれば、その補正率の計算を時間に比例して算定することに何ら合理性を見いだせない。

出典:H28.7.15非公開裁決TAINS:F0-3-494 原処分庁の主張より抜粋

私見とコメント

本件は平成23年相続開始なので、平成26年の不動産鑑定評価基準改正前の事例です。実は平成26年基準改正で原価法でも市場性を反映する旨が明記される改正が行われ、以下平成26年実務指針によれば原価法でも市場分析の結果を踏まえた市場性増減価修正ができる旨解説されています。

b原価法における市場性の反映について
原価法においては、再調達原価や経済的残存耐用年数等に基づく減価修正(一体減価を含む。)において、市場性を適切に反映する必要があるが、対象不動産の種類や特性等により、積算価格と比準価格や収益価格等との間に大きな乖離が生ずる場合があるので留意が必要である。例えば、建物が古いにもかかわらず収益性が非常に高い賃貸ビルや、逆に、投資額に対して極めて低い収益性に留まるゴルフ場や保養所等の評価にあっては、その点を十分認識した上で、試算価格の調整の段階においてその差異について検討 を加え、鑑定評価額を決定しなければならない。なお、手法間の整合性の観点から手法を適用する中で適切に調整でき、論理的にも矛盾がないと判断される場合は、原価法において、比準価格や収益価格等との開差について市場性の観点から分析し、市場性増減価として修正することもできる。

出典:(公社)日本不動産鑑定士協会連合会「不動産鑑定評価基準に関する実務指針-平成 26 年不動産鑑定評価基準改正部分について-」(平成 26 年 9 月,平成 29 年 5 月一部改正)142項

ですので、もしこれが平成26年基準改正後の鑑定評価案件であれば、原処分庁の主張①は誤った主張といえるでしょう。また、

平成26年基準改正前であっても、鑑定実務では原価法で土地建物一体の市場性に基づく増減価補正をする方法は用いられており、平成26年基準改正はそれを明文化したものですので、個人的には、市場性減価に合理的な査定根拠が伴っていれば問題ないものと思われます。

原処分庁の主張②の部分は、土地の再調達原価の査定で取引事例比較法を適用しているのでここで市場性は既に反映済みでしょという趣旨ですが、土地の売買市場とマンション一棟(貸家一部自用)の売買市場は異なるのでこの主張は個人的にはあまりピンとこない部分があります。

審判所の判断

審判所は以下の通り判断し、請求人の主張は認められませんでした。

しかしながら、①請求人のいう価格修正は、購入者を見付けるまでに1年半を要するという独自の予測に基づくものであって、客観的な根拠に欠けるのであるから、合理性を認めることができない。

そもそも、この修正は市場性を得るために行ったとするが、②本件■■■不動産の価格を求めるに当たってした本件■■■土地の価格の査定では、取引事例比較法を採用しているところ、これにより求めた本件■■■土地の比準価格は、「■■■■■■」及び「■■■■■■」に所在する取引事例の取引価格から求めた価格であり、市場における現実の取引価格から算定したものである。そうすると、当該比準価格は、価格時点(本件相続開始日)における不動産市場の動向等が反映されていると認められることから、更に市場性の減価を行う必要性は認められない。

出典:H28.7.15非公開裁決TAINS:F0-3-494 審判所の判断より抜粋(①、②の記号は筆者加筆)

私見とコメント

審判所の判断①は私も同感です。どのようにして1年半という期間を求めたのかが鑑定評価書からも読み取れなかったのだと思われます。

審判所の判断②は原処分庁の主張②と同じですが、これは先に書いた通り、個人的には違和感があります。

私自身も本件の市場性減価は合理性がないという見解ですが、その理由は原処分庁の主張や審判所の判断にはない以下の問題点があるためです。

市場性減価は対象不動産の主たる需要者(買手)の観点から同種の代替競争関係にある不動産との市場競争力の程度を比較して査定する必要があります。

本件マンション一棟(貸家一部自用)の主たる需要者について請求人の鑑定評価ではだれを想定したのか不明ですが、おそらく不動産賃貸業を行う法人事業者や法人投資家等を想定しているのではないかと思われます。

しかし、請求人が市場性減価の根拠資料として用いたのは中古マンション住戸(専有部分)の売出し価格と成約価格の乖離率です。マンションタイプにもよりますが、中古マンション住戸(専有部分)主たる需要者(買手)は居住目的の個人エンドユーザーか賃貸目的の個人投資家です。

本来であれば、主たる需要者(不動産賃貸業を行う法人等)の観点から収益物件であるマンション一棟としての市場性減価を代替競争関係にある他の収益物件1棟と比較考量して査定すべきところ、個人エンドユーザーや個人投資家の目線で市場性減価を査定している点に大きな問題があると思われます。

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